2011年07月27日

【Making a small trip to the City of Fremantle】

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今日の午前中は、オーストラリア固有の動物たちの探究をしたり、同国の歴史について学習したりしました。動物については、パソコンを使って調査・研究しまとめるという祥雲生お得意の分野…のはずが、やはり英語だと勝手が違うようで、行きつ戻りつ、苦心しながら自分が深く探究する動物を決めていました。最終日には探究成果のプレゼンテーションが英語で行われるようですが、成果のほどは乞うご期待ということで。歴史学習は非常に難しいテキストを読み、それに関するリスニング教材を使って内容を深めていくという、大変高度な授業でした。辞書と首っ引きで解読し、先生の質問に答えようと必死に学習を進めます。ところでこの教材、私たち祥雲生のために作成されたもので、UWAのオリジナル。なんと恵まれていることでしょう。

さてここで閑話休題。当ブログをご覧の皆さん、突然ですが、Fremantle(フリーマントル)という街をご存知でしょうか。パース市の南西、市内中心から電車で30分ほど、生徒たちが通っている大学からはバスで20分ほどの距離に位置する街です。インド洋に面した古くからの港町で、パースの外港のような役割を果たしてきたところです。日本では南極観測船「しらせ」の寄港地として知られ、日本を出向した同船はこの地で物資を積み込んだり、空路でパースに到着する越冬隊と合流したりする港なのです。というわけで、今日の午後はお待ちかねの校外学習、公共のバスでフリーマントルに向かいます。車中、同行してくれたキャロル先生に、“Fremantle is a port of call of Japan's Antarctic Research Ship Shirase,isn’t it?” (フリーマントルは日本の南極観測船しらせの寄港地ですよね)と尋ねると、“Yes, it's famous for it, and…”といって、捕鯨の話に広がりそうだったので、フリーマントルの歴史に話を変えて…。(やはり、捕鯨に対する文化間の見解の相違は大きいようです。)

さてさてバスを降りて向かった先は、Fremantle Prison Museum(フリーマントル刑務所博物館とでも訳すのでしょうか?)。博物館といいながら20年前の1991年まで実際に刑務所として使われていたのですから、約130年にわたって延べ9000人以上の囚人を収容してきた重々しい空気が漂います。本国英国から送られてきた流刑囚たちは、自分たちの手で自分たちを収容するこの刑務所を作ったのです(皮肉ですね)。しかしそれもオーストラリアという国の歴史の一つであり、うら若きツアーガイドのJenさんの、事実を事実として知ってもらおうとする真正面からの案内ぶりに、歴史を教えることもある引率者は考えさせられてしまいました。Jenさんの説明の合間に要約的に訳して説明するのですが、その内容に生徒たちも息を呑んでいました。

刑務所博物館の巡検が終わった後はお待ちかねの買い物タイム。両親にこんなものを買いたい、友達にはこれがいい、おばあちゃんやおじいちゃんにはこれにしようよ、弟にこれはかわいらしすぎるかしら…とにぎやかに、日本で帰りを待っているみんなの顔を思い浮かべながら、一生懸命お土産を選んでいました。みなさん、お楽しみに…。N.Miyashita@Perth
posted by 三田祥雲館 at 21:40 | 兵庫 ☁ | Comment(0) | 海外研修
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